1967年愛知県生まれ。辻調理専門学校の技術研究所で学び、卒業後も職員として8年間勤務。30歳を前に退職し、東京吉祥寺の「竹爐山房(ちくろさんぼう)」にて現場デビュー。2年間の勤務を経て「際コーポレーション」に入社。複数店舗で様々な流派の中国料理の調理経験を積む。2005年10月に独立し、東京三田に「御田町 桃の木」をオープンした。
 

メニューの主役は広東と上海だが、北京や四川にも随所で出会う。「流派を越えた料理としての逸品そのものに惹かれる」というシェフらしく、中国の様々な地方料理を楽しませてくれる。シェフ自らが惚れ込んで揃えた自然派ワインは料理との相性も抜群。スパイシーで切れがあるワインと中華の意外な組み合わせを発見・堪能できる。カウンター越しのオープンキッチンで手早く、力強く鍋を振るうシェフを見ながら食事ができるのも「桃の木」の醍醐味。

東京都港区三田2-17-29

 
 
 

  調理師学校に入ったのも運命、中華を選択したことも、修業先と出会ったことも運命。好きで選んだ仕事だから一生懸命なりふり構わず打ち込むだけ。その積み重ねが今に繋がっただけです。3年、5年と何かに夢中になれば、次にやりたいことって自然と生まれてくるものなんですよ。
  りんごの皮を剥いたり、料理を温めなおして弟たちに食べさせたり。小学生の頃から母の手伝いをする機会が多かった僕にとって、料理は比較的身近なものでした。友だちにできないことができる。それも嬉しくて自然と料理が好きになっていました。輪をかけたのが当時のテレビ番組です。毎週土曜日の夕方6時、「料理天国」に出てくる料理人たちが見たこともないようなきれいで華やかな一皿を作り出します。自分もこんな仕事で生きていきたい。それが辻調理専門学校に入学するきっかけとなりました。
  入学当初に目指していたのはフランス料理でしたが、授業で様々なジャンルを学び、何と言っても驚き感動したのは中華料理。それまで地元のラーメンや炒飯の味しか知らなかった僕は、先生が作り出す中華の味、バリエーションの広さ、奥深さに惹き込まれていきました。しかも中華料理を目指す生徒は少ないんですね。これって競争が少ないってこと?という思いもあって(笑)、入学4カ月目には本格的に中国料理の道に進むことを決めました。

  料理人を目指して学校に入った場合、通常は1年の課程を経て現場に就職していくものです。しかし僕の場合ちょっと異色の道に進むことになりました。まずは“技術研究所”ができたのをきっかけに在籍を1年延長したこと。そして卒業後の8年間、辻調理専門学校の職員として助手の仕事に就いたことです。これはもう自然の成りゆきというか…。
  就職予定だった銀座のお店からギリギリになって断りの連絡が入り「学校の職員枠が空いているよ」ということで試験を受け残ることになったんです。これも運命ですね。料理に関わる仕事ですから頑張ってみよう。今となればよい経験ができたと思っています。
  「もっと料理を作る時間を増やしたいな」「自分が作った料理を人に食べて欲しいな」と渇望するようになったのは30歳になる前。講師のキャリアが長くなり、将来独立するならそろそろ次のステップに進まないといけないだろうという思いもあって、現場に出て行く決意をしました。東京吉祥寺の「竹爐山房(ちくろさんぼう)」です。
  実は僕は、東京で食べ歩きをする度に必ずこのお店に寄っていました。シェフの山本さんが作る料理は情報誌をパラパラと捲っているだけでも目を留めてしまう、人のモノとはちょっと違っていました。もちろん味も素晴らしい。「現場に出るならこの人の元で」と考えていて、ちょうど店舗拡張の時期と重なって入店することができました。それからは学校とは180度異なる世界。1日16時間の労働、たまの休日でも半日は仕込みのために出勤します。まったく違ったハードな仕事のスタンスに「これが現場というものなんだ」と目が覚めました。

  複数店舗での修行は「桃の木」を運営する糧となっています。独立した際は一人で加熱料理をやることになるだろうと20坪、20席規模のお店で積極的に働きましたし、北京、広東、四川などあらゆる流派を学んだため、「流派にこだわるのではなく自分が惹かれる逸品をメニューにしよう」とお店のスタイルが固まりました。オープンしたのは38歳の時。自然と人が集まってくるということわざ“桃李成蹊”もありますが、桃にちなんだものがたくさん集まってきたのでこの屋号にしました。まず3月3日という自分の誕生日、店で使用する有田焼の名人が桃の絵が得意であること、好きで集めている自然派ワインのラベルが桃の絵であること…。ここにも運命を感じます。
  「桃の木」は、以前日本料理店だった建物を改装したものです。カウンターごしに見えるオープンキッチンはその時の名残りで、お客様に緊張感を持って仕事をしている姿を見ていただくためにも手を加えませんでした。今はただただ好きなミステリー小説も封印し、1日24時間、仕事のことばかり考えています。一生懸命働いてくれるスタッフ、そして無償でサポートしてくれる友人や知人。もう「桃の木」は僕一人のお店ではないので、全力で仕事に打ち込むことこそが恩返しになると考えています。
  ドップリと仕事に漬かっている中でいちばん大変なことは、常連のお客様に同じ料理を出さないようアイデアを絞り出すこと。そしていちばん楽しいことは、市場で食材を見つけて料理のアイデアが浮かんでくる時です。辛いけど楽しい。やはり「好きだ」と思える仕事に就けた自分は本当に幸せだと思います。